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2011年 11月 21日

オウムの深層

http://www.net-ric.com/advocacy/datums/95_12takeda.html

武田 徹  ノンフィクションライター・評論家
■たけだ とおる
 1958年東京都生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士課程修了。構造主義、ポスト構造主義思想を経由した批評的、分析的スタイルで、現象の底に潜む「隠れた制度性」を浮き彫りにする手法に定評がある。著書に『ジャーナリストは「日常」をどう切り取ればいいのか』『世紀末風俗研究』『知の探偵術』など多数。

  年末になると放映延べ時間の長短からその年に起きた事件の重大度のランクづけを行うTV番組が現れる。95年はそんな番組でオウムの一人勝ちに終わるのは間違いない。しかしそこまで大量に報道されてなお欠落していた視点があったことを指摘しておきたい。
  満州事変の立役者だった関東軍・参謀の石原莞爾に『最終戦争論』という著作がある。石原は核兵器のような最終兵器を先に手にした方が、満州事変から始まる長期戦の果てに東洋の盟主「日本」と西洋の覇者「米国」との間で起きることになる世界最終戦争に勝利し、恒久平和を得るだろうとそこで予言した。
  この石原の『最終戦争論』は、不気味なほどオウムのハルマゲドン説と似ている。相似点は三点。一つは両者共に宗教的終末論であること。石原の戦争史観は正法→像法→末法という順で歴史が展開するとみる日蓮宗の歴史観に基づき、科学的根拠は希薄だった。麻原の終末論もまた妄想の産物だったことは繰り返すまでもない。このように両者とも宗教的言説として終末を説いたのだが、なぜかそれが武力闘争の提唱になる、そうした好戦的性格が共通性の二点め。そして三つめの共通性は、そうした武力闘争において共にかたくなな「反米」の構えが窺えること――。

  この類似に気づくことで初めて開ける視界がある。オウムが宗教団体から武装テロ団体に変わって行くプロセスが人々の恐怖心を煽り、好奇心を駆り立てた結果、集中豪雨的報道があり得た。しかしオウムが一線を超えて行ったのは、戦後50年掛けても私達がまだ清算出来ていない価値観との関わりがおそらくある。石原の反米・武力解決の主張が満州事変当時の日本人の圧倒的多数から支持されたのは、それが共有され得るメンタリティの地平があったからだが、事態は今もそう変わっていないようなのだ。たとえば今回、話題になった自衛隊員のオウム入信の背景に、いつまでもアメリカに従属していてはならないと考える反米意識が多分あったはずだ。そして最終戦争を武力で勝ち取るという考えもまた教団内であっけなく共有されてゆく。戦争行為を放棄した憲法を有し、ここまで生活様式的にアメリカナイズされた戦後50年目の日本においても、太平洋の対岸で世界の覇権を握っている米国につい敵愾心を抱きがちな「反米」傾向や、武力解決もやむなしとする発想法は、実は今なお人々の意識の深層においてくすぶっており、機があればなんら合理的裏付けなしに燃え上がる――。そんな事情を今回のオウム事件は端的に示したと言えよう。
  そうした構図への指摘なしに「オウムは宗教の名に値しない」とワイドショーでなじっているだけでは実りある議論は望めまい。オウムの教義にも盛られていた日本人を狂わせる誘い水について、歴史的視野の広がりの中で分析し、その正体を見極めておかぬ限り、「オウム」は今年だけで終わらず未来にまた繰り返される。
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by kissyouten2006 | 2011-11-21 00:44 | 日 記
2011年 11月 17日

雅子さまの看病

http://www.yuko2ch.net/mako/makok/src/1374131299568.jpg

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by kissyouten2006 | 2011-11-17 12:33 | 日 記
2011年 11月 14日

これが次の天皇陛下・・・・・ガクッ

http://megalodon.jp/2011-1114-2105-02/blogs.yahoo.co.jp/shyuyuri12/54189233.html
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by kissyouten2006 | 2011-11-14 21:25 | 日 記
2011年 11月 13日

前原の訪朝の謎

http://gokeikankei.blog40.fc2.com/blog-entry-24.html

>稲田朋美
http://www.youtube.com/watch?v=JS3JAKXTlL0#t=05m05s
「それでは前原大臣にお伺いをいたします。大臣は今まで
国交のない北朝鮮に2度行ったことを認めておられます。
一度は平成4年(1992) 前原大臣が京都府議会議員時代、大臣は
日朝友好促進京都府議会連盟の一員でありました。また二度目は
平成11年(1999)前原大臣が衆議院2期生の時であります。
この2度目の北朝鮮訪問の理由について大臣は前回の2月1日の
予算委員会での私の質問に対して支援企業の工場が北朝鮮に
あるとできたところを見に行ったというのが私の2回目の
訪朝の全体像でありまして、それ以上でも以下でもありません
お答えになってます。

http://www.macnet.or.jp/pa/yasuto/gaiyou.html
>河村織物
平成7年 北朝鮮 視察  刺繍工場建設
自民党の稲田が、今頃になってなぜ急に過去の訪朝をとりあげたのか?
麻生や小泉だって訪朝してるのにwww
しかも、その後はぴたりと追及を止めた。ナ~ゼ??
自民党は北に利権をもってたからでしょうが。
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by kissyouten2006 | 2011-11-13 00:39 | 日 記
2011年 11月 05日

福島原発事故の 「謎」

http://blog.goo.ne.jp/itagaki-eiken/e/c96096c97d48e8fbb6e9eeec48d75a8b
◆これだけではない。福島第1原発大事故は、未だに謎だらけである。謎とは?
①東日本大震災の前に、「プルサーマル」原子炉である3号炉の建屋のなかから、何者かによって使用済み核燃料が貯蔵プールから持ち出されていた。持ち出しには、福島県知事の許可が必要であるにもかかわらず、「無断持出し」されているという。使用済み核燃料からは、核兵器の燃料となる「ウラニウム」が抽出される。
②大津波に襲われた際、3号炉で「核爆発」のような小爆発が起き、きのこ雲が立ち昇ったのを、作業員2人が目撃した。
 ③だが、後に公表された映像からは、3発の爆撃音が消されて放映されていた。(米国が技術的に可能にしていると言われている海底人工地震の噂は、未だに解明されていない)
 ④作業員2人が、郡山市内の飲み屋で、このことを話していたが、その後、この2人は、いずれも怪死している。
 ⑤この爆発には、イスラエルが関わっているのではないかと噂され、大事故後、イスラエルから多数の人間が、福島第1原発に入って調査している。だが、目的も調査結果も、
公表されていない。
 ⑥菅直人前首相は、首相官邸内に1室を設けて配置している「米国から派遣のアドバイザー」から静岡県御前崎市の中部電力「浜岡原発」の運転停止要求を受けて、中部電力に強く要請したと言われている。この顛末が明らかにされていない。
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by kissyouten2006 | 2011-11-05 21:23 | 日 記
2011年 11月 04日

皇族の衣装

http://www.yuko2ch.net/mako/makok/makok.php?res=369556
>控えめだがすばらしい帯だと思ったら、
河村織物謹製「彩豊蜀甲文」と分かりました。
さまざまな場で何回も締めておられます。
皇后陛下も紀宮殿下(当時)も河村織物の帯を
締められています

で、河村織物とは・・・・・・
http://www.macnet.or.jp/pa/yasuto/gaiyou.html
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by kissyouten2006 | 2011-11-04 00:05 | 日 記