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カテゴリ:小池壮彦( 15 )


2013年 08月 14日

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.26

http://ch.nicovideo.jp/kaikitantei/blomaga/ar315011

日本民族の移住先としてはインドのチェンナイ地方が有力候補だが、チェンナイの公用語であるタミル語は、かつて国語学者の大野晋博士が日本語の起源ではないかと主張した言語である。その説の是非はともかく、皇室に縁の深い学習院大学教授だった大野博士が、あえてそのような説を唱えたことの意味を私は考える……

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 戦後日本の曲がり角が1950年代の原子力時代黎明期にあったとすれば、その後に訪れた第二の曲がり角は1995年に起きた「もんじゅ」の火災事故である。しかし、実はその直前の時期に政府内では重大な話し合いがなされていた。

 1985年から94年にかけて、旧科学技術庁の故・島村武久氏が主催した「原子力政策研究会」で日本の原子力政策の展望が話し合われた。その資料を見ると、当時すでに原子力政策の行き詰まりが指摘されていたことがわかる。

 東電は1966年にフクイチ建設を米GE社と契約したが、これは当初から未完成の技術だった。原子炉圧力容器は東芝が受注し、タービン発電機は日立が受注してGE社の技術を模倣したが、当初は技術的な欠陥には気づかず、改良のための研究費は計算に入っていなかった。

 GE社の軽水炉に欠陥があることがわかったのは、1970年代になってからである。この時点で初めて技術的改良のための予算が組まれるが、GE社の設計は当初から地震・津波対策が考慮されていなかった。この問題を解決するには土台から見直しが必要だったが、着工から運転開始までパッケージになったターンキー契約では改善は困難だった。

 計画の見直しはオプションになるので経費が高くつく。東電は地震・津波の危険性をわかっていたが、当初の設計どおりに非常用ディーゼル発電機をタービン建屋の地下に設置した。あちこちの原発がしばしば故障することに私たちは不可解の念を抱いていたが、原因は当初から欠陥品だったからにすぎなかった。政府も東電も、そんなおそまつな事実を国民に知らせることなど、恥ずかしくてできなかったのである。



 結局日本は、原発の基礎研究をおろそかにしたまま急速に欠陥品を導入したため、そのツケは高くついた。島村武久氏は1990年の原子力政策研究会で、日本の研究体制が諸外国に比べて薄いことを指摘して次のように述べている。




外国の状況なんか見てみると、もっと日本のメーカーは自分で勉強しなきゃいかん……全然もう研究の厚さが違う。日本はこんなことでは駄目だ。


 これが「もんじゅ」の事故の5年前の発言である。原発の安全神話というのは最初から存在しなかった。知らぬは国民だけだった。この研究会では、核燃料サイクル計画の実現性の乏しさもすでに指摘されていた。しかし、当時すでに政策転換は不可能であり、実現性には乏しいけれども進めてみようという選択しかなかったのである。


 この手の物事は、やめるならやめるなりの理由が必要なのはもちろんだが、普通はコストがかかりすぎる時点で計画を見直すわけである。しかし、1990年代当時は原子力をやめる理由がないといえばなかった。大きな利権を捨てることは事実上不可能だった。やめる理由があるとすれば使用済み核燃料が増え続けることへの懸念だったが、それも将来的に解決される見込みがあると思っていた。いざとなれば地下に埋める計画に誰も疑問を持っていなかった。


 いま思えばいかにも考えが甘いのだが、私はこれを非難しても仕方がないという気がしている。よく例えられるのは大東亜戦争をやめるタイミングが遅れすぎたという話だが、それと決定的に違うのは、戦後の原子力政策は1990年代まで〝敗戦〟の自覚がなかったことである。というより、いまでもその自覚は薄いのである。

 なぜ薄いか、あなたは考えたことがあるだろうか?
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by kissyouten2006 | 2013-08-14 08:45 | 小池壮彦
2013年 06月 26日

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.20

http://ch.nicovideo.jp/kaikitantei/blomaga/ar271189

テロリズムもしくは天変地異に見せかけた災いが今年7月以降に起きるかもしれないというのは、去年から言われていたことである。実際に起きるかどうかはわかるはずもないが、その可能性を探るゲームに参加したのは去年の9月のことだった。

 このゲームはある場所の地下でやっている。私が参加したときは10人ぐらいの人がいた。それぞれの参加者が手持ちのカードを切りながら、そのカードに描かれた絵の意味を説明し、災いが起きるかどうかを占うのである。

 そのとき私は、与えられたさまざまなカードのなかから〝秋篠宮眞子内親王〟という1枚を選んで出した。当時、眞子内親王は英国留学に出かけられたばかりで、1年ほど日本を留守にする予定だったからである。現在の皇室で眞子内親王の立場は格段に重要性を増している。したがって内親王が日本を離れている間は注意が必要、と私はカードの意味を説明した。

「ということはいつまで?」と仮面をつけた女性が質問したので「内親王の英国留学が終わる2013年5月までは要注意だろう」と私は答えた。このゲームをやっているときはまだ帰国予定が曖昧で、5月末以降としかわからなかった。そこの説明が弱くなるのはゲームの上で不利だったが、昨年9月当時としてはやむを得なかった。


 ちなみに、他の参加者はだいたい〝TPP参加交渉〟〝参議院選挙〟などのカードを切っていた。2013年までに安倍政権が成立することは昨年9月にはわかっていたので、重要案件をドサクサ紛れに進めるショック・ドクトリンは日本版ネオコン政権の性質上あり得るわけだ。だとすれば、TPP参加交渉と参議院選挙の日程が重なる2013年7月に〝ショック〟が用意されるだろうというカード説明が多かった。

 そこで私はこう言った。「もしその線で言うなら内親王の帰国日程がやはり目安になるだろう」と。すなわち、2013年5月か6月の時点で、もし内親王の帰国が秋までずれこむような発表があった場合、もしくは7月になっても内親王の帰国予定が発表されなかった場合は、7月あたりは危ないというバロメーターになる、と説明を補足した。

 このゲームは最終的にそれぞれのカード説明にジャッジが下される。その結果、私のカード説明はやはり内親王の帰国日程が曖昧という点が弱点とされ、点数をいまひとつ稼げなかった。チップを没収されてしまったが、念のためにいうとチップというのは、ミカンでもリンゴでもいいのである。栗でもイチゴでもいいのである。そんなものを持ってくる人はあまりいないというだけである。


 さてそれから時がたち、今月になって眞子内親王の帰国が7月1日と公表された。いま同じお題でゲームをやっていれば、いい点数が稼げたかもしれない。内親王が7月に帰国される以上は、7月の天変地異はない――というのはもちろんゲーム上のことなので、実際にあるかないかという話ではないことを念のためにいっておく。現実の話でいえば、注意するに越したことはない。安倍政権は失速しているので、ドサクサに紛れるというのは十分にあり得る。

 ところで先日、国土交通省の調査委員会が、笹子トンネル天井崩落事故の調査報告書を出した。内容は総じて「やっぱりな」というもので、たとえていえば、エドワード・スノーデンという元CIA職員のニュースのわざとらしさに似ているかもしれない。CIAとNSAの対立劇だが、スノーデンはなぜか既知のことしか暴露しない。世間が驚くような機密は一切いわない。バックにウィキリークスがいるというやらせ臭さも三文芝居ぶりを引き立てている。


 ただし、報告書には怪談もある。

 国交省の調査・検討委員会は、報告書を出してからも解散しないというし、国交省とは別に警察でも事故原因を調べている。今後も調査は続くらしいが、最初から〝トンネルの維持管理上の問題〟しか視界に入れていない以上は、何をしたところで調査の結果は「維持管理に問題があった」というあたりまえの結論にしかならないしくみである。

 さて問題はその次だ。原発の問題にしても何にしても、すべて〝ずさん〟で片付けられていくというのは、これが一番楽な儀式になっているからである。この傾向は1990年代から始まって、例のテレビ画面を通じて関係者が頭を下げるセレモニーが定着した。たとえば銀行から顧客情報が漏れましたと。本当は個人情報をやくざに売る商売をやっていても「間違って漏れました。係の者は処分します。ごめんなさい」ですむしくみをこの20年で作ってきた。


 同じ手法でネクスコ中日本もずさんな体質というだけの問題になっているが、単にずさんなだけならば、どのトンネルもろくに検査しないで放置していたはずである。しかし、まともな点検をしていなかったのは、なぜか笹子トンネルだけである。他はある程度ちゃんとやっていたのだから、単にずさんではないのである。


 笹子トンネルの点検をさぼっていた理由は、天井が高くて手が届かないから、というものだ。他のトンネルは天井までの高さが2メートル前後だが、笹子トンネルは5メートルあまりと高かった。だからハシゴを使う必要があるので面倒だからやらなかったと。この説明で納得する人もいるらしくて、トンネル管理の実情なんてそんなものだよ、という声もあるのだが、もちろん全国のトンネルがそんな管理状態なわけはないのである。

 ハシゴが面倒などといっているのは、ネクスコ中日本だけである。他の管理会社はちゃんと普通にやっていた。笹子トンネルは2000年を最後にまともな点検をされなくなったが、それまでは普通にやっていたのに、なぜ急にハシゴを使うのが面倒になるのか。百歩譲って急に面倒になったとしても、2000年の点検時にボルトの不備が発見されていたにもかかわらず、それを改善しなかったのはなぜなのか。放置すれば事故につながる恐れがあっても、ハシゴの上に長く乗りたくないというワガママが何よりも優先するのか。



 そんなわけがないだろう。これは点検をさぼったとかいう問題とは性質が違うのである。不備を見つけることはちゃんとやったが、なぜかそれを直さずに、意図的に放置した。そしてなぜか過去の報告書を残さずに、笹子トンネル以外のトンネルはちゃんと整備した。そして「笹子の方が危ない」という声があったにもかかわらず、なぜかこのトンネルだけ先送りにしてきた。その結果、必然的に天井崩落事故に至った。これはずさんという問題ではない。

 そこで国交省の報告書を見てみると、次のことが明らかにされている。



 点検、調査履歴について中日本高速に説明を求めたところ、
 以下のことを確認した。

~ 2000年以降2回、点検計画を途中変更。結果的にL断面の天頂部接着系ボルトについては、近接での目視及び打音は12年間未実施であったこと。



~ 2009年には「笹子トンネルリフレッシュ計画」として、天井板撤去を含めた換気方式の変更を検討したが、長期間通行止めなどの社会的影響を考慮し、計画を変更したこと。


~ 点検、調査履歴等が、必ずしも、その後の維持管理に反映することを意図しては管理されていなかったこと。たとえば、2001年に実施したボルトの引抜試験(4本)で定着長不足も確認されたが、原因究明がなされず、またその後の点検・経過観察計画にも反映されていなかった。

注:原文ママ。下線は引用者による


 以上のことを確認したのはいいのだが、なぜまともな点検を12年もやらなかったのかという理由は書いていない。そして不備が見つかってもそれっきりにしていた理由も書いていない。その点は調査していないのか、したけれども公表しないのか、のどちらかである。それだけでも異常なのだが、私がこの報告書で注目したのは、前回述べた〝謎の補修跡〟の問題である。

 ネクスコ中日本は、笹子トンネルをずっと点検していなかったといいながら、天井崩落事故が起きたエリアの近くには652ヶ所も補修工事の跡があった。その付近が危険であることを認識していたから事故前に補修していたのだろう、と思うわけだが、ネクスコ中日本はそうはいっていない。いわないどころか、この補修工事についての記録がない、というのである。

 記録がないはずはないから隠しているのではないかと専門家も指摘している。だが、不備を改善したのならその記録を隠す必要はない。隠すというのはバレたらまずい理由がある場合の行為だろう。しかしそんな理由は通常はあり得ない。なぜこういう面倒くさい話になるのか。

 とにかくネクスコ中日本は〝記録がない〟といっている。つまり、問題の補修工事をやった覚えがないといっているのである。ならばこの〝補修跡〟は何なのか。本当は補修ではなくて、崩落前に誰かが密かに〝何か〟を仕込んだとでもいうのだろうか。

この点の情報の少なさと不可解さから巷ではテロ説も囁かれているのだが、この怪談について国交省の報告書はどんな見解を述べているのか。


 そのくだりを読んでみると、驚くべきことが書いてあった。
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by kissyouten2006 | 2013-06-26 20:11 | 小池壮彦
2013年 06月 01日

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.19

笹子トンネルの旧トンネルは昔から心霊スポットだが、この地に限らずトンネルにその手の噂はつきものである。そういうトンネルは古いものが多いので、崩落の危険から通行止めにしてあるケースも多い。しかし、案外簡単に入れるところもあって、管理が甘かったりすることもめずらしくはないので、それ自体に意外性はない。30年前の日本坂トンネル火災でも、こんな安全なトンネルはないという宣伝がぜんぶウソだった。こういう例はいくらでもある。

 中央自動車道の笹子トンネルに関しては、この道路自体が古いので、個人的な感覚で言っても、もとより安心し切っていたわけではない。トンネルが崩落する1ヶ月前に私は現場を通っているが、そのときも「ここも危ないから」という会話などは日常の挨拶のようなものだった。首都高だっていつもいやいや乗っているだけである。心霊スポットに行く仕事の過程で仕方なく通るだけで、笹子だろうが小仏だろうが信用してはいなかった。

 ただし、それはいつぞや山陽新幹線のトンネルでコンクリートが落ちたような事故を想定してのことであって、天井が100メートル以上にわたって落ちることを予想していたわけではない。これが自然に起こる事故なのかという疑いは誰でも持ち得るから、本ブロマガvol.6で触れたように選挙の前の事故という怪しいタイミングに目が行くのは普通のことである。事故原因についてはいろいろな話が出ているが、 2000年から打音検査していなかったとか、笹子トンネルだけ検査していなかったという話が出てきたあたりで、NEXCO中日本は最初から知っていたなと思うわけである。


 点検しても無駄とわかっているものは点検しないのである。それが「もんじゅ」と同じなので、前回このトンネル事故をひとつのヒントと言っておいた。笹子トンネルはもともと手ぬき工事による欠陥トンネルだった。トンネル完成の翌年つまり1976年に会計検査院がコンクリートの強度不足を指摘していた。これについてのNEXCO中日本の言い分は「指摘を受けて補強したので事故とは直接結びつかない」ということで、ボルトやコンクリート自体の強度に問題はなかったことになっている。が、ボルトはともかくコンクリートの強度については疑わしい。


 最初から設計上構造上の問題があったということをあまり言いたくないのだろうが、構造上の欠陥がわかっていたなら、メンテナンスの意味も疑問視されたに違いない。そこから点検不備の事情も見えてくる。つまりボルトを点検しても欠陥の改善にはつながらない。根本的な問題の解決は造り直す以外にない。事態はそこまで来ていることをNEXCO中日本は自覚していたため、笹子トンネルの天井撤去も含めて全面的に改修する事業が2009年に計画されていた。これが実施されていれば崩落事故は起こらなかった。


 しかしこの計画は2011年に見直され、結局実現しなかった。全面的改修となるとトンネルを1年も通行止めにする必要がある。それは無理という結論になったのだ。この段階でもはや近い将来の崩落は不可避という見方が生まれていたはずである。崩落前の最後の点検は去年の9月で、そのときには緊急性のある不具合は見つからなかったという話だった。が、実際にはボルトの欠落などの不具合がかなりあったことが後にわかっている。すでにそれを直せばすむ状態ではないことがわかっていれば、一所懸命に直すはずもないのである。


 事故が起きたとき、点検していなかったことは一気にバレる。いい加減だと非難される。しかし、いくら非難されてもそれをきっかけに予算がつぎ込まれるならいいと考える人もいる。〝事故待ち〟というのはそういうことである。これと同じことを核施設でもやっている状況を私たちはすでに知っている。ましてやそれ以外の施設でやっていないわけがない。福島第一原発も最初から欠陥品だったからどうしようもなくなっていたのである。


 笹子トンネルの事故は、公共投資を掲げる自公政権が予言したような事故なので、彼らが雇った連中が選挙前のタイミングで仕掛けたテロだったのではないかという説がある。私はいまのところ〝事故待ち〟の政治利用と考えているので、テロ説とは違うのである。だが、今年の2月に報じられた「笹子トンネル 過去652ヵ所補修 中日本高速、危険認識か」というニュースが興味深い。これは各紙が報じたが、東京新聞の記事が一番詳しい。それによると、天井崩落箇所の近くで事故前に〝謎の補修工事〟が行われていた。


 NEXCO中日本は、笹子トンネルの天井の高い場所は打音検査しにくいから目視ですませたことになっている。つまりろくな点検はしていなかったとされていたが、実は事故の前に崩落場所の近くを集中的に補修していた。この矛盾についてNEXCO中日本は、該当の補修工事に関する記録はないと言っている。だから〝謎の補修〟なのである。


 今年の3月にNEXCO中日本が出した「笹子トンネルの維持管理履歴」によると、2000年以前の記録についてはもともと報告書が存在しない。残っているのは1992年から95年の定期点検記録だけで、事故前の補修がいつ行われたのかはわからない。2000年以前の工事なら記録はなくても不思議はないのかもしれないが、新聞にはそんなに古い時代の工事というニュアンスでは書かれていない。補修具合を見ればいつぐらいの時期の工事かわかると思うが、そこはうやむやになっている。

 そこで〝謎の補修〟で何がなされたのかを見ると、こんなことがわかるのだ。 

 
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by kissyouten2006 | 2013-06-01 20:08 | 小池壮彦
2013年 05月 15日

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.17

近年、日本のエンターテイメントを世界に輸出するというニュースをよくやっている。日本のアイドルが海外で人気が高いとか、きゃりーぱみゅばみゅのパリ公演が盛況だったとか、日本の文学も海外での評価が高まっているからもっと外国で売り出したらどうかとか、そのたぐいのニュースである。表面的にはけっこうなことだが、何やら様子がおかしい気もする。


 先日もNHKの番組でその手の特集をやっていたが、番組のなかのひとつの話題として取り上げたのかと思ったら、数十分も時間を割いていて、何やら必死な印象だった。やるなら普通にやればいいと思うが、番組のムードになぜか焦りのようなものが感じられた。


 その変なムードとともに私の頭に浮かんだのは〝閉店セール〟という言葉だった。いまのうちに日本の売れるものは売っておく。これはオリンピックの招致運動にも言えることで、いまのうちに招致しないといけないという奇妙な必死さに通じるものがある。


 テレビの番組にしろ招致運動にしろ、現場では深い意味など考えずにロボットのように言われたことをやっているに違いないが、この流れを作っている命令の側、つまり〝上〟の方には実際に〝閉店セール〟の意識があるのかもしれない。もちろん〝日本の閉店セール〟である。


 2030年から50年頃というのが、いまのところ〝閉店〟の予測である。すでにいろいろなシミュレーションがなされているが、この予測が大きく外れることはなさそうである。
 
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by kissyouten2006 | 2013-05-15 20:06 | 小池壮彦
2013年 04月 30日

参考サイト

振り向けば空は青 http://blogs.yahoo.co.jp/a31986507
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by kissyouten2006 | 2013-04-30 08:11 | 小池壮彦
2013年 04月 29日

•小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.16

http://ch.nicovideo.jp/kaikitantei/blomaga/ar211337

ふりかえると、こんな感じである。

 2004年 7月11日-第20回参議院選挙(小泉内閣)
 2004年10月23日-新潟県中越地震

 2007年 7月16日-新潟県中越沖地震
2007年 7月29日-第21回参議院選挙(安倍内閣)

 2010年 7月11日-第22回参議院選挙(菅内閣)
 2010年10月25日-スマトラ島沖地震

 そして今年の7月に参議院選挙があるわけだが、要するに、次のようなことなのだ。

■2013年第23回参院選  7月21日 投開票
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by kissyouten2006 | 2013-04-29 08:36 | 小池壮彦
2013年 01月 18日

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.9

●怪談の闇を見るの巻[孝明天皇の亡霊と原子爆弾① ~天皇と原発 その秘密⑤]天皇謀殺の証拠となる新資料でも出てこない限り、学者の手には余ることである。天皇の玉体を調べることも現状では不可能だろう。そこで〝物語〟が必要になる。読者はこれが「天皇と原発」というテーマと関係あるのかと疑問に思うことだろう。もちろん関係あるから書いている。これはある意味で恐ろしい話になる……

http://ch.nicovideo.jp/kaikitantei/blomaga/ar28926

●怪談の闇を見るの巻

[孝明天皇の亡霊と原子爆弾① ~天皇と原発 その秘密⑤]

 明治天皇をめぐる物語が、単なるすりかえ説を経て、さらに改定される動きがあることを本ブロマガVol.7で述べた。その背景には〝雲の上〟の世界での皇統利権争奪をめぐる暗闘があるのだが、彼らの思考回路は一貫して〝作り物語〟をバックボーンとしている。荒唐無稽であれ何であれ、彼らが信じる〝物語〟が歴史を規定する。

 日本の支配層は建国当初から〝物語〟によるアイデンティティ支配を旨としてきた。多民族支配のいきさつとその暗部は建国神話のなかに隠された。百済系支配層の価値観を正史とする欺瞞をガス抜きする装置として『古事記』の存在を許容した。抹殺された帝王系図の怨念は歴代の朝廷文化人が『源氏物語』を珍重することで慰撫してきた。

 明治維新も同様である。これまでは維新の功労者を正義のヒーローとして描く物語を流布することで、新政府が単なるクーデター政権にすぎないことを隠してきた。山岡荘八が描く幕末物語は国民文学の体裁を取りながらも真実のヒントを潜ませる工夫が施されているが、司馬遼太郎はまったく支配層の意にかなう優れた物語の作り手として君臨した。

 しかし、明治維新の暗部を完全に隠そうとしたとき、どうしても汚点になるのが孝明天皇暗殺説だった。戦後にこの説がクローズ・アップされて以来、アカデミズムの学者の間でこの問題は厄介なテーマであり続けた。決定的な証拠はないものの、問題を真摯に見つめる限り、状況証拠は天皇謀殺の蓋然性を決して低めることがなかったからだ。

 必然的にこの問題は、学者の良心を問う上での試金石となった。たとえば、どのみち実証できないことなのに、天皇は暗殺されていないことを実証したと臆面もなく主張する学者がいる。そして、従来孝明天皇の不審な死に方を認めていた学者が、なぜか不可解な転向を見せて、謀殺説を否定する側に回るという姿も見られる。この問題をめぐる一部の歴史学者の態度というのは、かなりみっともないことになっている。

 問題の性質からして、謀殺の証拠となる新資料でも出てこないかぎり、歴史学者の手には余ることである。土葬された孝明天皇の玉体を調べることも現状では不可能だろう。そこで〝物語〟が必要になる。近年、新たな話の作り手として現れた落合莞爾氏が〝孝明天皇生存説〟というストーリーを出してきた。その企みについてVol.7で述べたわけだが、読者はこれが「天皇と原発」というテーマと関係あるのかと疑問に思うことだろう。もちろん関係あるから書いている。

 これはある意味で恐ろしい話になる。
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by kissyouten2006 | 2013-01-18 16:18 | 小池壮彦
2013年 01月 13日

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.8

●怪談の闇を見るの巻[日本はなぜ滅亡したか ~天皇と原発 その秘密④]敗戦日本の崩壊過程を組織のタコツボ論で語る話が出てきたら、まずはインチキを疑うことだ。そもそも特攻作戦は組織の体質による空気で進められたのではない。下っぱは空気に流されたにしても、軍令部は主体的に計画を進めていた。有為の若者が生き残っては困るという国策上の動機があったと見なければならない
http://ch.nicovideo.jp/kaikitantei/blomaga/ar28043

●怪談の闇を見るの巻

[日本はなぜ滅亡したか ~天皇と原発 その秘密④]

 子供の頃に不思議に思ったのは、本当に〝一億玉砕〟していたら天皇と軍部はどうするつもりだったのかということだ。もちろんこれは子供だから不思議に思うことで、実際に〝一億玉砕〟する気など軍部にはなかったのである。彼らが恐れていたのは敗戦がもたらす国民の反乱であり、それを防ぐためには国民を鼓舞する形でエネルギーをすり減らす必要があった。後述するが、神風特別攻撃隊にも秘密があった。

 子供の頃に、私はこう考えた。玉砕する気なら戦争が終わろうが何だろうが玉砕すべきなのである。いまからでもやるべきである。働く暇があるなら玉砕せよ! それをやる気配もなく、へらへらと高度成長だの所得倍増だの昭和元禄だのと言って過ごしてきたのは何なのか。支配層が替わったからか。だが天皇は戦時と同じ天皇ではないか――このような疑問を持つ人は子供にしろ大人にしろ周囲には皆無だったため、なぜ自分はこんなことを考えているのか、しだいに私はそのこと自体を不思議に思うようになった。

 戦前の日本が本当の日本なら、戦後の日本は消えるべきである。しかし、戦後が本当の日本なら、戦前の日本は紙芝居だったとでもいうのか。こういうことを考えて暮らしている子供も世のなかにはいることを大人は知るべきだろう。幸いにも私は小泉八雲の著作に出会ったから、子供でも結論はすぐに出せた。戦前の日本も、戦後の日本も、どちらも偽者だとわかってみれば、やるべきことはひとつである。いつから偽者になったのか。その探求しかないではないか。

 すべての話はそれからだ。人生論だの哲学だのと言ったところで始まらない。宗教? 科学? なんだそれは。政治だの、法律だの、経済だの、娯楽だの、今日は燃えるゴミの日だのと言ったところで、それを語る根幹が根も葉もないノッペラボーなら意味がない。いわんや文学をや、である。幻想を現実だと思っているうちは幻想すら語れない。しかしそれを現代人はやっている。インチキの自覚もなしにだ。それに比べれば回転寿司のネタの方がまだましなのだ。少なくともインチキだとわかって食べている。

 ところが、ここに大きな闇がある……。
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by kissyouten2006 | 2013-01-13 19:30 | 小池壮彦
2012年 12月 25日

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.7

●怪談の闇を見るの巻[天皇と原発 その秘密③ ~明治天皇すりかえ説の真相と皇統をめぐる内ゲバ]明治天皇替え玉説の話の出所を追及すれば、旧公家勢力とそれに加担する宗教勢力が浮かび上がる。この構図さえ見抜ければ、彼らの手足となってオカルト天皇論議を展開し、あえて問題を複雑怪奇にしている連中の素性もわかる……

●怪談の闇を見るの巻



[天皇と原発 その秘密③ ~明治天皇すりかえ説の真相と皇統をめぐる内ゲバ]


 冷戦構造の終焉とともに昭和が終わったことについて、国際金融資本系エージェントと目されるアリサ・ローレンは「欧米資本と昭和天皇の契約期間終了」と表現している。確かに1989年は重要な年だった。第2次世界大戦時には、あちらの世界での昭和天皇の序列はチャーチルやルーズベルトより格下だったが、大戦を指揮した欧米の指導者が60年代から70年代にすべて他界したことで、相対的に昭和天皇の地位にまさる者がいなくなった。父ブッシュなどは昭和天皇から見れば子供に過ぎず、1952年に即位したエリザベス女王もしかりであった。

 昭和天皇崩御のおり、大統領に就任したばかりの父ブッシュが大喪の礼への参列を決めたとき、アメリカの世論には反対論も根強かった。「なぜあなたは参列するのか?」というマスコミの取材に、父ブッシュは「日本の天皇が亡くなったからだ」と答えた。「副大統領クラスの参列でもいいのでは?」という質問に対しては、「選択肢はひとつだ。大統領が行くしかない」と答えている。そういうorderだったのだ。しかし、昭和天皇の崩御は同時に〝序列〟のリセットも意味していた。

 平成の御世になり、天皇の序列はリセットされた。1993年発足のクリントン政権が対日政策を転換したのは必然だった。そしてこの頃から日本側では、昭和皇統の見直し政策が水面下で進んでいく。昭和皇統とはすなわち明治皇統のことであり、明治天皇の直系を万世一系とする近代日本テーゼの見直しである。そのための既成事実作りとして、皇太子に男子の跡継ぎが生まれないという現象が作られた。同時に、明治天皇替え玉説という宣伝戦略が行われた。

 昭和の終焉を待ったかのように現れた明治天皇替え玉説は、ネットが普及するまではほとんど世間に関心を持たれていなかった。どうせ左翼による誹謗だろうと見た人も多いと思われる。私もそのひとりだった。しかし、曲がりなりにも近代史の不思議な展開に首を傾げたことのある人なら、明治天皇を南朝天皇と仮定することで解ける謎があることにも気づくはずだ。まさかと思いながらも、この説の当否について調べる意味を感じた人も多いだろう。私もそうだった。

 そこで、この説が流布された背景に焦点を当てて調べると、話の出所と目される人物の素性がいずれも現在の皇統から見て反体制とも言える旧公家勢力であることがわかった。それに加担する宗教勢力も動いていた。彼らにはこのような説を流す動機がある。すなわち、まとめて言えば、明治天皇替え玉説の正体は、以下のようなことになる。
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by kissyouten2006 | 2012-12-25 19:01 | 小池壮彦
2012年 12月 12日

小池壮彦 怪奇探偵ブロマガ vol.6

●怪談の闇を見るの巻[天皇と原発 その秘密② ~自民党の公約とリンクして崩落する笹子トンネルの怪]……つまり天皇の政治的発言を公表するのはタブーなので、当事者以外に真偽を知る者はいない。しかし建前はともかく、昭和天皇はわりと自らの政治的意向を述べていた。漏れ伝わるのはこんな話だ……

http://ch.nicovideo.jp/kaikitantei/blomaga/ar22274

●怪談の闇を見るの巻
[天皇と原発 その秘密② ~自民党の公約とリンクして笹子トンネル崩落]

 すでに政権を取った気の自民党総裁が、公約として国防強化を口にすると、それをアシストするように北朝鮮がミサイル発射を準備する。そして公共投資を口にすると、それに合わせるかのようにトンネルの吊り天井が落ちてくる。これを疫病神という。

 およそ怪談のカの字でも口にしたことのある人なら、これまでに中央自動車道の笹子トンネルを何度往復したか数え切れないだろう。そのたびに実はロシアン・ルーレットが展開されていたことになるのだが、原発の大爆発に続いてお家芸のトンネル技術も破綻。また一流神話が崩壊した。残るはいよいよ新幹線だけになってきた。

 福島第1原発は2003年に安全装置を外していたそうだが、笹子トンネルも2000年以来まともな点検はしていなかったという。しかし、点検しても結果は同じだっただろう。ボルトの問題ではなくて欠陥コンクリートと手抜き工事が原因ならば、目視だろうが打音だろうが、点検そのものに意味がない。ネクスコ中日本はそれに気づいていたはずである。

 ロシアン・ルーレット状態を脱するためには、1から造りなおすしかない。現実的には無理な相談だから〝事故待ち〟ということになる。一部の専門家は欠陥トンネルの寿命をかねてから指摘しており、そもそも高度成長期にインフラの突貫工事を指揮した自民党の連中も当然それを知っている。サンダーバードの人形のような現総裁は知らなくても、人形の操り手は知っている。なるほど公共投資は必要になるだろう。あらかじめ仕掛けた時限爆弾が破裂するたびに直さないといけないのだから。
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by kissyouten2006 | 2012-12-12 19:14 | 小池壮彦