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2010年 10月 15日

小和田家の野望3

小和田家の野望2 http://itabasi.exblog.jp/13455035/

父小和田恒氏の野望

純愛ラブストーリーとはまったくちがった流れが

 この不仲説の背景には、もっと奥深く、巨大なものがよこたわっているよう
に感じられるのは、私だけだろうか。
 たしかに民間から天皇家に嫁ぐということは、美智子皇后の苦労をもちだす
までもなく、じつに多くの負担を強いられる。
 雅子妃も同様で、あの外務省に勤務していた時代の颯爽とした立ち姿と、意
志の強さをあらわしていた大きな両眼とふくよかな顔は、嘘のように失われて
しまった。そして、石のように動かない皇太子。
 ふたりのそんな姿は、単なる夫婦関係の問題というだけでなく、自分たちで
はとても抗しきれないある"力"の存在に気付き、それに必死に耐えているよう
にさえおもわれる。というのも婚約が決まる過程をもう一度洗いなおしていく
うちに、じつに「皇太子の片思い」というこれまでの純愛ラブストーリーとは
まったくちがった流れが、浮かびあがってきたからである。
 皇太子は雅子妃との結婚について、思い悩んでいた。結婚をのぞんでいたの
は、むしろ雅子妃の父、当時外務省事務次官だった小和田恒氏ではなかったか。

 一年前の一九九三年秋、全国民がお妃選びに注目しているまっただなかで、
天皇と小和田家のあいだを行き来し、メッセンジャーをつとめたある福祉団体
役員の証言によれば、彼が小和田氏に会ったとき、
「陛下が皇太子殿下のご結婚を気にしている」
 と伝えると、小和田氏は顔を曇らせ、うつむき加減になって、こう漏らした
という。
「殿下は帝王学に徹しすぎますよ。女は、男から言ってきてくれるのを待つし
かないんです。雅子が思い悩んでいるのを、みていられない」
 皇太子自身がはっきりとプロポーズをすれば、小和田雅子はそれを受け入れ
る用意がある、とこの人物は受け止めた。
 その一ヶ月まえに、彼は天皇に会っている。そのとき天皇は
「小和田雅子さんという方は、どういう方か。皇太子の気持ちは、どうも小和
田雅子さんらしい」
 と胸中をあかした。そして、
「外務省次官の娘さんであれば、こちらとしても結構な話だとおもうが」
 と話した。
 この人物は、この時、小和田雅子さんが本命であることを確信したという。
その上で小和田恒氏と会ったのだが、その直前、小和田氏本人が直接、天皇と
会い、ふたりきりで結婚について話し合う機会をもったと彼は語る。
「表向きは外務省次官が世界情勢の激変について、ご進講するということでし
た。しかし、中身はまったくちがう。皇太子殿下と雅子さんの結婚話が、二時
間以上も交わされたときいています」
 家長どうしの突っこんだ話し合いが行われていたというのである。
 そのころまでに二百人ともいわれるお妃候補が、浮かんでは消えた。お妃選
びのメンバーであったある人物は、天皇と小和田氏の話し合いがおこなわれる
一年近くもまえに、お妃選びが特定の流れに向かっていることに気づいていた
という。
「結論からいえば、はじめから雅子さんありき、だったのです。ただ、その時
点では、雅子さんのことには気づきませんでした。
 ひとつの決まった流れが存在しているということに気がついたのは、私とお
なじお妃選びのメンバーが突然、その任務からおりると言い出したときでした」

 引き留めるためにでかけていった彼は、逆に相手から、じつに意味深長なこ
とばでさとされた。
「お妃選びから、きみも手を引いたほうがいいよ。もう流れは決まっているん
だから」
 核心部に近ければ近いほど、匿名扱いにしなければならないことが、どうに
ももどかしい。そうでなくても、ただでさえ皇室取材は、匿名がどうしても多
くなる。


「一生全力でお守りする」発言の本当の意味

 それにしても、この特定の「流れ」とはどういったものだったのか。この人
物は、つぎのように話す。
「やがて天皇となられる皇太子のご結婚には、さまざまな国の利害など、大き
な問題が絡むのです。私はお妃選びの過程で、殿下と何回かお会いしました。
じっさいにいろんなことで、殿下は悩んでおられた。多くの候補の名前を殿下
があげられたことはありますが、雅子さまのお名前だけは、ついに一度も聞か
れませんでした。
 殿下が、婚約会見で一生全力でお守りする、とおっしゃったのは、単に宮中
という特殊な環境から雅子さまをお守りするという意味だけではなく、それよ
りもっと巨大なものからお守りするということなのです」
 一九九三年六月九日、彼はご成婚のテレビをみていて、パレードに出発する
ときの皇太子の表情が、気にかかった。
「お車に乗りこまれるときの殿下の眼を見たのです。おもいつめた眼でした。
幼少のころからよく存じ上げていますが、あんなけわしい眼をみたのは、はじ
めてでした」
 そうして彼は、ようやく外務省の存在を指摘するのである。
「なぜ小和田恒さんが国連大使となり、国連安全保障理事会常任理事国入りを
めざした動きを強力に展開されるのか。なぜ、いわゆる皇室外交ということが、
強力に推進されるのか。雅子妃は、小和田恒を筆頭とする外務省という家から
天皇家にとついだ花嫁なんです。小和田氏の行動を、これから国をあげてバッ
クアップしなければならなくなるわけです」
 誇大妄想だといわれればばそれまでだが、外務省のあるキャリアは、ASE
AN諸国歴訪(一九九一年九月)にはじまる天皇の外交活動をさして、はっき
りとこう言うのだ。
「天皇に対しては左右いろんな意見があるが、外国からみれば、日本の象徴で
あり、総理なんかではとても代役はできない位置にある。だから外務省として
は、天皇には戦後処理、太平洋戦争の後始末をしてもらいたいというのが本音
のところだ。世界の大勢は、日本の戦後処理はまだ終わっていないという見方
をしており、安保理事人理事国入りしたい外務省としては、そのまえにこの問
題をクリアしておきたい。
あくまでも"外国交際"で、友好増進のための陛下のご外遊ととらえている」
 天皇家と政治は明確に分離されていなければならない。ここにいたって、に
わかに疑問視されるのは、やはり雅子妃の父、小和田恒の存在である。
 本来ならば、天皇家と縁戚関係で深くつながった時点で、日本外交の中枢を
になう役職からは退くべきであったと私は考える。政治経済の利害がはげしく
絡み合う現実世界から距離を置くというのが、天皇家にたいする配慮というも
のではなかったか。
 けれども、小和田氏の言動には、積極的に外交舞台の中心人物でありつづけ
ようとする野心がみなぎっている。

小和田家の野望4 http://itabasi.exblog.jp/13455019
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by kissyouten2006 | 2010-10-15 02:50 | 日 記


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